最期に近い時間を、どこで、どのように過ごしたいか。その問いに、簡単に答えを出すことはできません。病気や医療、ご家族、日々の支えなど、考えなければならないことはいくつもあります。
わがままハウス山吹では、最期まで過ごすことも、看取りまで行うことも可能です。けれど、山吹で大切にされているのは、ここで最期まで過ごせることだけを、その人にとっての答えにしないことです。
その人がどうしたいのかを聞き、希望や不安を受け止めながら、これからの時間を一緒に考えていくことです。
今回は、ある入居者の出来事をもとに、最期に近い時間にも、その人の選択を残すという山吹の考え方を見ていきます。
1|重い病気が見つかったとき
山吹で暮らしていたある入居者に、重い病気が見つかったことがありました。その方は、自分の体に起きていることを知り、自分の終わりが見えてきたことを、静かに受け止めていました。
そのとき山吹では、その方に問いかけました。
これからの時間を、どこで過ごしたいのか。
山吹で過ごし続けることも、医師や看護師の支えを受けながら、ここで最期まで暮らすこともできる。そのことを伝えたうえで、本人の思いを聞いていきました。
その方には、すぐに別の場所へ移るのではなく、できるだけ山吹でいつもの暮らしを続けていたいという思いがありました。一方で、これから痛みや苦しさが強くなるなら、医療的な支えがより近くにある場所で過ごしたいという思いもありました。
それは、ただ山吹に残るか、別の場所へ移るかという二択ではありません。
山吹で過ごしたい気持ちも、これから体に起きるかもしれないことへの不安も、医療的な支えが近くにあることへの安心感も、どれもその方にとって大切なことでした。
2|希望に近づけるために、選択肢を一緒に確認する
山吹では、その方の思いを受け止めたうえで、これから必要になる支えを一つずつ確認していきました。
痛みや苦しさが出たとき、どのような環境なら安心できるのか。夜間に不安が強くなったとき、すぐに医師や看護師につながれる環境が必要なのか。
ご家族や関係する人たちと確認すべきことも含めて考えながら、ホスピスのような場所も選択肢として探していきました。
希望を聞くだけでは、その人の選択は現実になりません。どのような場所があり、どこに相談できるのかを調べ、本人が自分で考え、動けるうちに安心できる選択肢が見えるようにしていきました。
そこにあったのは、山吹から離すための関わりではありませんでした。その人が望む場所へ、必要なタイミングでつなぐための関わりでした。
山吹で最期まで過ごすこともできる。そのうえで、その方がどこで、どう過ごしたいかを考えられるようにする。
住まいができることは、すべてを抱え込むことだけではありません。
必要な安心が変わってきたとき、次の場所へつなぐことも、暮らしを支える大切な役割なのだと思います。
まとめ|最期に近い時間にも、暮らす人として
最期に近い時間には、自分だけでは決められないことが増えていきます。それでも、その人がどう過ごしたいのかを聞くことはできます。
山吹で大切にされているのは、看取りまでできることを答えにしてしまうのではなく、その人の思いを最後まで聞き続けることなのだと思います。
どこで過ごしたいのか、どんな支えがあると安心できるのか。そうした問いを最後まで本人のものとして扱い、必要なときには、本人が望む場所へつないでいく。
最期に近い時間にも、その人を、自分の暮らしを選ぶ人として見続ける。
そこに、山吹が考える支援のあり方が表れているのだと思います。

